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2008.09/05 [Fri]
体を見てみよう 2
格闘技を止めた途端、体が硬くなっていったんです。体が硬い、ということは、常に余計な所が緊張しているか力が入っているか、骨格が歪んでいるか、何か理由があるわけで、逆に言うと体をほぐすというのは、それら歪みを矯正することに他ならないから、強靭な肉体を手にいれる上で、必須なんです。
自分の体を鏡で見てみると、足が0脚方向に歪みつつあるのがわかりました。特に右足。常に右足に体重を掛けていたからでしょう。
試しに、股割り(開脚)をしてみます。うお。右のつま先は地面と平行なのに、左のつま先は天井を向いています。完全に骨盤から歪んでましたね。
とりあえず、いわゆる女の子座りをします。昔は、この状態のまま、後ろに倒れるのも前に倒れるのも自由自在だったのに、ぴくりとも動けず・・・
酒を痛み止めにして、自分の歪みを自分で矯正する(かなり痛い)、ストレッチ、みたいのが、ここから始まったのです。ちなみに、今でも続けてます!!!
2008.09/05 [Fri]
体を見てみよう 1
15歳でバイトを始めて以来、ずっと生活費を稼ぐため(及び学費、引っ越し、楽器購入と家で練習できないからスタジオ代、免許、ネコのための高めの家賃etc.)働きづめで、やりたいことをするために、どうしても超人のような体がほしかったんですね。
学生の頃はガンガンに格闘技にハマっていたので、筋肉はだいぶ付きました。でも、それだけでは自分が望んだレベルに程遠かったんです。
まず、肩が凝ってしょうがなかった。首がまわらないのが当たり前の状態でした。というわけで、いろいろな方法を試したのですが。
僕が大学時代にすごしたコロラドのBoulderという街は、ヒッピー文化の色濃い街で、幸運にも、僕は多くのことをそれと知らずに教えてもらっていました。
うつぶせに寝て、足と胴体を上に持ち上げる、3点倒立の首が折れまがっているバージョン、これが非常に効きました。あ、これ、頭に血が上るので、急に立ち上がるのは非常に危険です。寝る前にするといいんです。血と共に、普段以上に栄養が頭に行き渡るので、目覚めはスッキリです。
2008.08/25 [Mon]
瞑想編軽くまとめ
昨日、僕が担当した会食のお客さん達は、精神科の偉い先生たちだったみたいで・・・
「私から言わせたら、秋葉原の事件は現代の”うつ”の象徴的な事件だよ。」
「先生、鬱は、攻撃性が自分に向くんです。死にたくなるんです。外には向かわないんですよ。」
「それが昔の定義だったね。でも、環境によって病理も変わる。人の心は弱いものだよ?ここにいる誰もが知っている事だろう。」
「私は、患者さんに言われた事があるんです。先生は、鬱を知らない。死にたくなる気持ちを知らない。何人直したところで、経験しなければ、解らない、と。(中略)とすると、あれはやはり似て非なるものでは無いでしょうか。」
「ふむ。ところで、君の意見はどうかね。・・・」
ってな具合の会話がずっと続いていて・・・。個人的には、もっと聞いていたかったのですが。でも、病気を細かく分類するより、たくさん症例を集めて比較するより、何故病むのか、どうしたら未然に防げるのか、そちらにより多くの時間を割いて欲しいなと、切に思いました。
途中で投げ出している形の瞑想編ですが。軽くポイントをまとめると
我々は、目にするもの、手に取るもの、自ら経験するもの、すべてが”現実”だと感じるわけです。
で、今から80年近くも前にアインシュタインがその相対性理論をもって、この”現実”ってやつに、風穴を空けたんです。原子などの粒子は、硬い砲弾というよりはエネルギーの塊である。しかも、同時に波として漂っている。目の前のイスも自らの体も、99.999・・・%の空間で出来ているし、同時に波の形で漂ってもいる。空間も伸び縮みするし、時間にいたっては、時間が流れるのはただ我々の認識の中だけだ。原子の世界では時間は流れず、ただそこにあるだけだ。マクロはミクロの反映だから、この世も、時間は流れていない・・・etc。と教えてくれたんです。モノが、モノというよりエネルギーの塊だ、という発見がなかったら、忌々しい原爆も発明されなかったんです。
現実が、実は”現実”じゃなかったら、悩みは吹っ飛びますよね。まあ、こう書くと誤解されるでしょうけど。
でも、当然我々は、いくら頭で理解したとしても、実際に感じる現実感は変わらないです。
で、ここで瞑想なんですね。本来の意味での瞑想に熟達できたら、モノがモノじゃないんだ、現実が現実じゃないんだ、ということを、概念としてではなく、「直接体験として」手に取るがごとく経験できるそうです。
だがしかし。教えを乞うに足る先生に、この一生のうちに出会えたら、最高に幸せでしょう。古のあの孔子も、結局出会えなかったようですし。
で、代わりというかそれまでの応急処置というか、僕は自己流でヨガというか、それの真似ごとみたいなことやっているのですけど。自分の体質に合わせて勝手に練り上げたプログラムなんで、僕と似た体質以外の人が同じことをやっても、あまり効果はあがらないかもですが。
すくなくとも僕に関して言うと、副作用(?)で視力がよくなったり、若さが結構保てたりしてますね。嘘っぽく聞こえるかもしれませんが、機会があったら会ってチェック(笑!)。
2008.08/18 [Mon]
備忘録
欲望に翻弄されるのも
憎しみにとらわれるのも
同じことだ
つまり
女のケツを追っかけまわして、一生棒に振るのも
復讐にとらわれて一生終えるのも
あきれる程膨れ上がった自己顕示欲をふりかざすのも
自らの正義を他人に押し売りするのも
手に入らないものが欲しくて、夜眠れないのも
怒りにとらわれて、夜眠ることすらできないのも
みな同じことだ。
2008.08/10 [Sun]
まだ忙しいよ・・・
オリンピック始まりましたね・・・
なんか、まだ全然落ち着かないんですけど・・・
困ったときだけコキ使われて、安い人材が入った途端お払い箱ってのは、もう何度も経験済みですけどね・・・。
音楽最優先で、いつでも休みたい時に休める態勢を最優先しているから、まあ仕方ないといえば仕方ない。
9月は、忙しいのかヒマヒマなのか、さあどっちだ!!!!!!!
2008.08/02 [Sat]
声
最近、続けざまに「いい声してますねえ」と声を掛けられることがあり・・・
いや、全部男性からです・・・
レストランで働いていて、キッチンにオーダーを通す時の声が、いいらしいんです。
武道を10年ちょっとやっていたので、下腹から大声を出すの出し方は体に染み付いているので。
この声で歌えたらいいんですけどね〜。どちらかというとシャウト系の声の出し方なので、メロディーを追うのが難しいんです。音量の調節あまりできないし。小さい声で歌うと(普通の声で歌うと)、まるで情けない声になるし。声量もピッチもコントロールしながらって、やっぱり訓練を受けないと。
もし歌えたら、どんな感じになるんだろ。PERSONZのJillさんが野太くなった感じ?
なんでこんな記事を書いているかというと。
下腹から声を出す、というのが分かっている人なら、大概、深呼吸をすると気持ちいい、というのが、例えじゃなく本当に気持ちいい、ということが分かっているだろうし、そうでないと、以前書いた記事やこれから書くかもしれない記事の意味が、分かり辛いかなぁー。
2008.08/01 [Fri]
忙しかったです・・・
いやあ、忙しかったんですよ、最近。普通、この時期は暇になるものなんですけどね。
別に、景気のいい店がある、とかじゃないんです。人が、辞めていくんですよ。
どんなにいい店でも、たった一人の人間のせいでダメになる、なんていうのは、どんな組織でもどんなバンドでも、よくある話ですよね。
ま、さすがに8月に入ったら、人並みの生活が送れるでしょう!
2008.07/10 [Thu]
超ひも理論?
先日、ぶらっと本屋に入って涼んでいたら・・・
なんだかもう普通に、「超ひも理論」とか「大統一理論」とか、注釈なしで科学系の雑誌に使われているんですね。せっかく瞑想関係の記事を書いたのに、なんだ時代遅れの記事書いてんだな、と思われてしまうと効果半減なので、軽くフォロー記事を。
超ひも理論という、もうちょっと誰かいいネーミング思いつかなかったのかツッコミを入れたくなる理論とは、物凄くわかり易くざっくり切ってしまうと
20世紀の2大物理理論、極限の小さな世界を扱う「量子力学」と、宇宙スケールの世界を扱う「相対性理論」、この二つを一つに統一して、我々の世界を矛盾なく記述できる理論を物理学者は皆探していたのですが・・・
小さな世界の量子力学には、重力はあまり関係なくて、逆に大きな世界の相対性理論には、重力が凄く意味があり、逆に2つの核力や電磁気力はどうでもいい、という・・・
で、プランクというおじさん(大物理学者)は考えました。
「もし、宇宙全体(相対性理論)が極小で、量子力学にすっぽりはまる大きさ、2つの核力と重力と電磁気力の重要さが同等の小さな世界、つまりビッグバン直後の世界では、何がどんなふうになっていたのだろうか?」と。
ちなみに言うと、これは「プランクの長さ」と言われていまして・・・ビッグバンから10のー43乗秒後の世界から以前、ということになります。そのとき、世界は10のー43乗センチメートルだったそうです。
0が43個並んで、ようやく1が来る、という・・・
もうここまでくると、ほとんど人間の種としての、脳みその設計としての、認識力の限界という感じですけど。多くの学者さんは「我々に解明できないことはナイ!」と思いたいらしく、
「世界ってのは、極小の”ひも”で出来てんの!その大きさは10のー43乗センチメートルで、それより小さいものは存在しないし、空間としてもありえないから、量子力学でいう、ここあるかもしれないし、あそこにあるかもしれないし、みたいな”ゆらぎ”は存在しないの!」
って言い出したんですよ。ここまでざっくり切ってくれると、量子力学と相対性理論の統一もし易いのではないかと、多くの学者さんに期待を寄せられているのですが・・・
原子の核だとか電子だとか、電荷とかスピンだとか、とにかくこの世の全部は、「ひもの振動で決まる!」と言い切る理論で・・・我々ミュージシャンにとっては、「この世のすべては、ひもの振動のハーモニー
」と言われると、ロマンチックだし、何となく我々も凄いことをしている様の気になれるのですが・・・でも、その10のー43乗センチメートルって、別に「この世界にある極限点」ってわけじゃなくて、単に今現在の我々の知性の及ぶ限界がそこまでって話だから、そこで急に「これより小さいモノも空間もありえない」って言い出されても・・・だって、ブラックホールの中心点とか、それこそビッグバンの始まりの点とか、それより小さいわけだし。
2008.07/03 [Thu]
半分通過!
いやあ、ようやく今年も折り返しの所まできました!!!
状況はいまだに落ち着いていないのですが、そんな状況にも少しずつ免疫ができてきたというか。何とか無難に、一日の仕事をこなせるところまでは回復しました。まあ、仕事終わった後に調子に乗って、夜遅くまで練習したら、翌日目が回っちゃって、大変なことになっちゃったのですが・・・。
あと半年、無理せず焦らず、回復に努めましょう。何もしないのが、一番精神的にキツイのですが、今は、まさに我慢のとき。
ところで。またロックデュオでライブやります。またトリなんですよ〜。デュオですからねぇ、責任は半分かかってくるんです(当たり前)。というわけで、お時間ありましたら、是非遊びにいらしてください!
m(_ _)m
7/16(水) @ 川崎 Serbian Night
Yuko a.k.a. リルデビ 5組出るうちの4組目だそうで、20:30くらいの開始でしょうか・・・
状況はいまだに落ち着いていないのですが、そんな状況にも少しずつ免疫ができてきたというか。何とか無難に、一日の仕事をこなせるところまでは回復しました。まあ、仕事終わった後に調子に乗って、夜遅くまで練習したら、翌日目が回っちゃって、大変なことになっちゃったのですが・・・。
あと半年、無理せず焦らず、回復に努めましょう。何もしないのが、一番精神的にキツイのですが、今は、まさに我慢のとき。
ところで。またロックデュオでライブやります。またトリなんですよ〜。デュオですからねぇ、責任は半分かかってくるんです(当たり前)。というわけで、お時間ありましたら、是非遊びにいらしてください!
m(_ _)m
7/16(水) @ 川崎 Serbian Night
Yuko a.k.a. リルデビ 5組出るうちの4組目だそうで、20:30くらいの開始でしょうか・・・
2008.07/01 [Tue]
量子力学と瞑想2
昨日の記事、下書き保存にしたつもりが・・・
続きです。
目で見たものも、別に映像が脳みその中に映写されるわけでは、ありません。電気信号に変換されて神経を伝わってきた情報を、脳がアタマのなかで、再構築しているのです。でも、我々は、”眼で見ている”と、感じる。
しかも、”現実を見ている”と感じている・・・
もし、原子を肉眼で見れる生物がいたら、その生物の”現実”とは、99.999・・・%雲に覆われた空間で、たま〜に核がある、みたいに感じられるのでしょうか。
捕食者に捕まっちゃうと、食べられちゃう現実の中で進化してきた我々の脳みそにとっては、ここから先の話は、かなり理解の範囲を超えてしまうのですが。
さらにいうと、原子といっても、大きく”モノ”といってもいいのですが・・・物質は、エネルギーなんです。波なんです。どこまでも広がっているんです。どこにあるかは、可能性の確率でしか言えないんです。興味のある方は、専門の本を、ご覧になってください。
でも我々は、「今ここに、いる」って、感じますよね?
自分が、ここにいるかもしれないが、あそこにもいるかもしれない、あるいは、体という形をなしていなくて、エネルギーの波として、漂っているかもしれない、なんて日常生活の中で感じている人なんて、まずいないですよね?
科学者も、”モノはある”と思いたいらしく、「宇宙は第十何次元まである」なんて考えたりして、原子が突然現れたり消えたり、観測方法を変えると”波”として漂っているエネルギーだ、という現実を、4次元までしか観測できないと、そういう風に見える、としておきたいみたいですけど。
「有為の奥山 今日越えて
浅き夢見し 酔いもせず」
「下天のうちをくらぶれば
夢、幻のごとくなり」
「色即是空 一切皆空」
昔から東洋では、そもそもこの世は幻、みたいな見方が根強くありますよね。ニヒリズムとは、まったく違うのですけど。
何度も言いますが、そもそも人間のアタマは、自分たちが感じることを、”現実”と捉えるようにしか設計されていないので・・・
でも、もし”モノ”が、ものというよりは、”とある現象”と見えたなら、あるいは、モノというよりは、エネルギーや波として感じられたとしたら・・・
いわゆる現実感というか、この世に対する認識が、いっぺんに変わるでしょうね。
というか、このレベルに至ったら、マジで悟れちゃいます。
そういう見方ができる能力を手に入れられる可能性を、瞑想は秘めているのだとか。
しかしそのためには、忘我(無我)の境地、三昧に入れなくてはいけないし、三昧に入るためには軽安の境地に達していないといけないし・・・。
ここから先は・・・各自探してくださいm(_ _ )m
続きです。
目で見たものも、別に映像が脳みその中に映写されるわけでは、ありません。電気信号に変換されて神経を伝わってきた情報を、脳がアタマのなかで、再構築しているのです。でも、我々は、”眼で見ている”と、感じる。
しかも、”現実を見ている”と感じている・・・
もし、原子を肉眼で見れる生物がいたら、その生物の”現実”とは、99.999・・・%雲に覆われた空間で、たま〜に核がある、みたいに感じられるのでしょうか。
捕食者に捕まっちゃうと、食べられちゃう現実の中で進化してきた我々の脳みそにとっては、ここから先の話は、かなり理解の範囲を超えてしまうのですが。
さらにいうと、原子といっても、大きく”モノ”といってもいいのですが・・・物質は、エネルギーなんです。波なんです。どこまでも広がっているんです。どこにあるかは、可能性の確率でしか言えないんです。興味のある方は、専門の本を、ご覧になってください。
でも我々は、「今ここに、いる」って、感じますよね?
自分が、ここにいるかもしれないが、あそこにもいるかもしれない、あるいは、体という形をなしていなくて、エネルギーの波として、漂っているかもしれない、なんて日常生活の中で感じている人なんて、まずいないですよね?
科学者も、”モノはある”と思いたいらしく、「宇宙は第十何次元まである」なんて考えたりして、原子が突然現れたり消えたり、観測方法を変えると”波”として漂っているエネルギーだ、という現実を、4次元までしか観測できないと、そういう風に見える、としておきたいみたいですけど。
「有為の奥山 今日越えて
浅き夢見し 酔いもせず」
「下天のうちをくらぶれば
夢、幻のごとくなり」
「色即是空 一切皆空」
昔から東洋では、そもそもこの世は幻、みたいな見方が根強くありますよね。ニヒリズムとは、まったく違うのですけど。
何度も言いますが、そもそも人間のアタマは、自分たちが感じることを、”現実”と捉えるようにしか設計されていないので・・・
でも、もし”モノ”が、ものというよりは、”とある現象”と見えたなら、あるいは、モノというよりは、エネルギーや波として感じられたとしたら・・・
いわゆる現実感というか、この世に対する認識が、いっぺんに変わるでしょうね。
というか、このレベルに至ったら、マジで悟れちゃいます。
そういう見方ができる能力を手に入れられる可能性を、瞑想は秘めているのだとか。
しかしそのためには、忘我(無我)の境地、三昧に入れなくてはいけないし、三昧に入るためには軽安の境地に達していないといけないし・・・。
ここから先は・・・各自探してくださいm(_ _ )m
2008.06/30 [Mon]
量子力学と瞑想
さて、なぜ瞑想するのでしょうか?
一点集中が完成すると、疲れない体と、ちょっとした第6感が身につく記事は書きましたが。
その境地を、古い言葉で”軽安”というのだそうです。
でもそれだけじゃない、その先があるんですよ。
我々は、生存競争を生き抜いて、進化してきました。言い換えると、生存競争に関係ないことは、切り捨ててきたのです。
我々は眼でモノを見るけど、鯨やコウモリは音でモノを見るし、犬にとっては匂いがすごく大事だし、紫外線や赤外線を目で見る虫もいます。もうこの時点で、我々の見ている世界が世界のすべてではない事の説明にはなりますが。
さらに。原子というのは、99.999・・・%の原子の雲に覆われた、「空間」なんですよ。
でもまさか、自分の体が99・999・・・%空間でできているなんて、日々実感しながら生きている人なんて、いませんよね?石を蹴れば痛いし、火をさわれば火傷するし。それが、僕達の「現実」なんです。
しかし、痛みとは、なんでしょう?仮に、足が痛いとして、でも、足が痛いというのは厳密にはウソなんです。神経を流れる電気信号を、脳みそが判断して、痛い、と。当たり前ですけど、脳がなかったら、痛みはないんです。
2008.06/26 [Thu]
瞑想よもやま話
瞑想って、何となく東洋の文化みたいに思っている人、多くないですか?まあ、当の西洋の方たちも、そう思っている人、多いみたいですけどね。
ダライ・ラマ法王がヨーロッパを歴訪した折、薬酒(リキュール)のシャリュトリューズで有名なシャリュトリューズ修道院をお忍びで訪れたことがあるらしいです。そして、瞑想に関する技法があまりに似ていたので、びっくりされたとか。
話を聞いたり、本を読んだ限りでは、ユダヤ教にもイスラム教にも瞑想はありますね。まあ、その3つの宗教には、互いにつながりがあるので、あたりまえといえばあたりまえ。
ただ、キリスト個人について言うと、聖書やその他の記録に、誕生から幼少期と、成人してキリスト教を(まあ彼個人は、一度もキリスト教を名乗らなかったのですが・・・)広め始める頃から最期までの記録が残っているだけで、子供から若者時代、どこで何をやっていたのか分からないのですが、一説によると、その時期、若いキリストがインドに来て修行していた、なんて伝説もありますね。
まあ、キリスト教の母体になったユダヤ教の、そのさらに母体になったペルシャのゾロアスター教の影響だって、多大に入っているとは思いますが。
それに、インドだけが瞑想発祥の地、というのでもないでしょう。インド起源と思われているヨガ、さらに数千年昔、エジプトの絵文字に、ヨガが描かれているそうです。エジプトからインドに伝わったのか、別々に起源をもつのか、分かりませんが。ただ、ヨガをやっていたなら、かなりな確立で、瞑想も行じていたでしょうね。
一心にお祈りするあまり、宗教的トランス状態におちいる、あれも一種の瞑想(究極まで集中が高まった状態)ですからねえ。
で、究極まで集中が高まる、仏教用語でいう止観の止が完成した状態までくると。
疲れない、究極の体が手に入るそうです・・・。逆にいうと、そういう体がないと、そっから先へは進めないとか。
これ、僕の勝手な推測なんですが・・・中国の仙人って、この体を手に入れた人達ではないのかなあ、と。仙道(仙人になるための修行法。現存してます。ただ、昔通りなのか、究境した人を輩出しているのか、不明)の中心的技法が呼吸法と瞑想に関するヨガの技法そっくりなんですよね。あと、人の心が読める能力だとか、不老長寿(少なくても、老化のスピードが極端に遅い)だとか、そういうことなんじゃないのかなあ、と思わせる共通点が沢山あるんですね。
ある意味、究極の健康法かも!
2008.06/23 [Mon]
見たいもの、見てる?
皆さん、普段自分の意思で、自分が見たいと思ったものを見、聞きたいと思ったものを聞いている、と思っていますか?
我々の心の特徴のひとつとして、好むと好まざるとに関わらず、より刺激の強いものに引っかかってしまう傾向があるらしいです。たとえば、平和な休日、お花畑でも恋人と見ていたとしましょう。すごく幸福で穏やかな時間。でももし、すぐ近くで大きな交通事故が起こった音がしたら、誰でも、事故の方に駆けつけますよね?
もう終わった昨日の失敗を今日も悔やみ、失敗していない今日まで無駄に過ごしてしてしまう、とか。
実は我々は、別に自分の意思で見たいものみているわけではない、感覚器管が感じる、強い刺激の奴隷になっているというだけです。もしなにも刺激がないなら、記憶や妄想からでも、何か刺激を見つけようとするし。
また、心は途切れるということがないですから、一瞬前の心と、新しい刺激とが出会って、絶えず新しい心がうまれるから、普通の人が、何も訓練を受けないで、一瞬たりと思考を止めるのは、難しいというか、ほぼ不可能なんです。
でもそれでは、自分が考えたいと思う事柄さえ、集中して考えられるか、難しいですよね???ポジティブな事柄にひたっていられるならいいけど、ネガティブな事柄に心が引っかかってしまうと、結構苦しい。
ということで、新しくて強い刺激を常に求めて動き回る心を、自分の意思で制御して、とりあえず一つの事をずっと集中して考えていられるように訓練するのが、瞑想の第一歩なんですね。
決して、何も考えずに、ただボーっとしていればいい、というものでもないのです。あ、もし本当に何も考えないでいられるなら(究極の脳波停止、生きながらに死のシュミレーションができる達人の境地)、それはそれで凄いのですが。
もし、心を制御して、一点集中をずっと続けられるようになったら、どんなメリットがあるのでしょう?
ここからの記事は、サブカル好奇心を刺激しまくる記事になります(笑)。変なものにハマるくらいなら、これにハマッてくれ、みたいな。趣味の合わない方がいましたら、是非とばしてください。
で、瞑想ができるようになったどんなメリットがあるのか?
超能力者や仙人になれるかも。でもそれは、止観思想の、まだ止の段階です。その能力をもって、一体なにを観(分析)するのか?
以下、次号(笑)!
2008.06/22 [Sun]
瞑想?
とあるライブの控え室にて。
海の話題で盛り上がる人達の会話のなかに、素潜りを本格的にやっていた時は2分は潜っていられた、というのがあり・・・
「コツとしては、思考を止めて、頭を空っぽにして・・・」
「え?そんな事できるの?」
なんて話をしていたので、僕もちょっと混ざりたかったのですが。あんまり、知ったかぶりな話をしてもなあ、と思い。
でも、最近の嫌なニュースを見ていたら、同じネットやサブカルにハマるなら、まだこういうのにハマッてくれた方いいかな、と思ったので、書いてみます。
2008.06/20 [Fri]
思うという行為
古来、我々は、祈ること、思うことを、大事な行為としてきました。
いや、別に難しい話をしようってんじゃありません。
誰だって、機械で作られたものよりは、手作りのもののほうに、よりありがたみを感じるでしょ?
昔の人達だったら、それこそ、今そこにいない先祖に対して申し訳ないだとか、相手を思うあまり生霊が出ちゃうとか。
手紙の宛名に書く「様」、あれは、今ここにいないあなたの事を、いる様に思ってこれを書きました、という意味らしいですね。
こういう感覚は、洋の東西を問わず、昔はみんな感じていたんだと思います。
少なくても、アメリカに代表される、売らんがための洗脳CMに小さい頃からどっぷり浸かっちゃう以前は。80年代、マドンナが「マテリアルガール」で、マテリアル(物質)至上主義を能天気に歌っていた頃が、そんな時代のピークだったでしょうか。
で、その後、そのアメリカも湾岸戦争や9.11を経験して、一部に精神的なものを探る動きがでてきた、と。モノがあれば幸せって、そんな単純なモノじゃないって!!!
でもどうしても、サブカルやオカルトまがいのものが多いんですよね。近年のゴシック系の映画や音楽のはやりも、そんな時代の空気に沿っているのかも。
僕も、学生時代には澁澤龍彦なんかを読み漁っていたから、人のことは言えないのですが(笑)。
もし、「思い」に意味があるなら、ポジティブな事を思いたいですよね。病的な趣味にどっぷりはまっていたら、やっぱりおかしくなりますよ。
ん〜、時間があったら、書いちゃおっかな。
いや、別に難しい話をしようってんじゃありません。
誰だって、機械で作られたものよりは、手作りのもののほうに、よりありがたみを感じるでしょ?
昔の人達だったら、それこそ、今そこにいない先祖に対して申し訳ないだとか、相手を思うあまり生霊が出ちゃうとか。
手紙の宛名に書く「様」、あれは、今ここにいないあなたの事を、いる様に思ってこれを書きました、という意味らしいですね。
こういう感覚は、洋の東西を問わず、昔はみんな感じていたんだと思います。
少なくても、アメリカに代表される、売らんがための洗脳CMに小さい頃からどっぷり浸かっちゃう以前は。80年代、マドンナが「マテリアルガール」で、マテリアル(物質)至上主義を能天気に歌っていた頃が、そんな時代のピークだったでしょうか。
で、その後、そのアメリカも湾岸戦争や9.11を経験して、一部に精神的なものを探る動きがでてきた、と。モノがあれば幸せって、そんな単純なモノじゃないって!!!
でもどうしても、サブカルやオカルトまがいのものが多いんですよね。近年のゴシック系の映画や音楽のはやりも、そんな時代の空気に沿っているのかも。
僕も、学生時代には澁澤龍彦なんかを読み漁っていたから、人のことは言えないのですが(笑)。
もし、「思い」に意味があるなら、ポジティブな事を思いたいですよね。病的な趣味にどっぷりはまっていたら、やっぱりおかしくなりますよ。
ん〜、時間があったら、書いちゃおっかな。
2008.06/16 [Mon]
開け、ゴマ!
自分が心を開かない限り、絶対相手も心を開いてくれない。
もし、自分をさらけだす勇気がないなら・・・
たとえどんなに「知り合い」が多くても
いつまでも一人だ。
ついでに言うと
愛とは、捧げるものだ。
奪うものでも、もらうものでも、ない。
まあ、どっちも、どこかで聞いたことがあるような言葉だけれど。
さらに
自分で実践してみせて、それで幸せにならないと、かなり説得力に欠けてしまうのが、難点なんだな(笑)!
2008.06/14 [Sat]
昨日の敵は・・・
学生の頃は、ある程度クラスの中の力関係とかキャラ分けみたいのが固まってしまうので、つまり1年なり3年なり、人間関係が固定されてしまう場合がほとんどなので、あまり人生の「大ドンデン返し」とか、「昨日の敵は今日の友」といっても、実感わかないものですが。
ある程度以上長く生きないと、経験できない事って、あるんですよ。
でも、一度でも、「昨日の敵は今日の友」、あるいはその逆を経験してしまうと、誰かの事を悪く言う気もおきなくなるし、自分の言動にも気を使うようになります。
人間関係のはかなさ、不確かさが身にしみると、とにかく公平正大で良心的である事だけが、唯一のリスクマネージメントだし。
僕は、人にやさしくするのは、宝くじを買うようなものだと、思ってます(そんなに下心ないけど)!!!
2008.06/14 [Sat]
何をどこまで
最近、嫌な事件が続きますね。
当初、このブログは、そこそこ問題のある家庭で育ち、かなり一般常識を知らない状態で痛い思いをしながら生活し、日本が嫌でたまらなくて海外に出て、そこで初めて人生を楽しいと思えて、日本に戻ってきてから一度アタマおかしくなるくらい悩み、そして音楽を始める、という、人生の脇道というか裏街道というか、そんなのを通ってきた僕の経験が、少しでも若い人の参考にでもなればなあと思ってはじめたんですよね。
特に、帰る場所がないなら自分で作る、それは本当に世界中どこでもいい、行こうと思えば行ける、という海外留学編や、本当に苦しいところを、どうやって突き抜けたか、という日本に帰ってきてすぐあたりの記事は、かなり普遍的に多くの人の参考、あるいは反面教師になると思うので、ここで改めて宣伝しておきます。
でも、この記事読んでくれているであろう人は、たぶんもうすでに読んでくれた人がほとんどなんでしょうね。どうしようかな。というか、何ができるかな。
音楽で何かできるようになるには、まだ結構時間かかりそうだしな。
ブログだから、何か書くぐらいしかできないのですが・・・
あまり、説教じみたことも、書きたくない(書く資格がない)しなあ・・・
2008.06/10 [Tue]
イーブル?
マイルス・デイビスのライブアルバムに「Live Evil」ってのがあるんですよ。
Black SabbathやDio、Slayerじゃないですよ?ジャズの帝王、あのマイルスです。
なんでも、かつて、とんでもない(上手い!)演奏に対しての形容詞として「Evil!」って言葉が使われていたそうです。なんとなく、わかるかな、イメージとして。セロ二アス・モンクとかチャールズ・ミンガスとかディジー・ガレスピーとか、バップと公民権運動が結びついた人達とか、見た目も音楽性も、なんかそんな感じだし。
あと、パンクなんて目じゃないくらい、破滅型の人生送って早死した人、いっぱいいますもんね。マリファナにビール、あと悪がき達がアメリカのロックのイメージなら、コカインやクラック、バーボンにマフィアが(昔は)ジャズのイメージでしたからね。今は、まじめな、お勉強した人達じゃないと演奏できないみたいなパブリックイメージですけど。
クールの記事書いてたら、こんなんも書いておきたくなったんですよ(笑)!
2008.06/07 [Sat]
クール?
クール、と言うと、すっかり日本語になった外来語ですが。
音楽の世界では、それこそマイルス・デイヴィスの名盤「クールの誕生」から、ということになります。まあ、それ以前から北米のブラックカルチャーの中でスラングとして使われていたんでしょうけどね。
で、ジャズの世界では特に、ベーシストにこのクールという資質が求められる傾向にあります。
リズムに厳格さを求めるラテンの人たちや、16はおろか32分音符まで出てくる凄腕フュージョンベーシストからしたら、もしかしたら4ビートなんて「1小節に、ボンボンボンボンて、4つ音鳴らしてるだけでしょ?」みたいに思われているかもしれませんが・・・革命といっても差し支えないスコット・ラファロから、これぞ王道!のレイ・ブラウンまで、やってみると、これがなかなかに難しい。
ベース1本で歌の伴奏って、やってみてくださいよ(笑)!
フロントは暴れるし、ドラムも暴れていいポジションだから、せめてベースくらいは、ということですね。リズム的にも、いろいろなリズムが交錯するし。
周りを見渡しても、たとえ僕より全然若くても、ジャズベーシストは寡黙で大人で渋く王道のラインを弾いている(でも酒好きだったり)タイプばっかですね。やんちゃなタイプって、ちょっと思いつかない。
で、僕なんですが。
珍しく熱いなあ、ベースなのに、とよく言われます(汗)。感情込めたら、自然とそうなるんですよ。
なるべく、クールなふりをして、熱っついのは、でも密かに磨いて、その時のために、とっておきます!!!!!


ただ時期的なものには人それぞれの環境が違う中で育つので学生であっても人生の大どんでん返しはあります。少なからず私は有りました。
人に優しくというのも自己満足の世界だと思うんです。僕はこんないい事をしたぞっていう。
そこで飽きたらず見返りまで欲していたらリスクだらけなので、宝くじの感覚は凄く健全だと思います。
その優しさは一人歩きし自分に返る確率は低いものだし、それでいいのだと思います。
なんだか曲を放り投げるのと一緒ですね笑。